ムコ多糖症II型と診断された長男・二男の平均寿命16歳の難病に挑む家族の結論

ムコ多糖症II型と診断された長男・二男の平均寿命16歳の難病に挑む家族の結論 コラム

大切な息子さんたちが「ムコ多糖症II型」という難病と診断され、計り知れない衝撃を受けていることでしょう。
平均寿命が16歳と聞いて、これからどうしたら良いのか分からない…
この先、子どもたちとどんな未来を描けばいいのだろうか…」と、深い悲しみと不安に押しつぶされそうになっている方もいるのではないでしょうか。

しかし、絶望の中にも必ず光はあります。
同じ病気と闘い、前を向いて歩み続ける家族の存在が、きっとあなたの支えになるはずです。

この記事では、お子さんがムコ多糖症II型と診断され、先の見えない不安を抱えている方に向けて、

  • ムコ多糖症II型という病気の基本情報
  • 難病と診断された兄弟を育てる家族の体験談
  • 厳しい現実の中で家族が見出した希望と結論

上記について、詳しく解説しました。

この記事を読むことで、同じ境遇にある家族の想いに触れ、一人ではないと感じられるかもしれません。

少しでも心の重荷を軽くし、前へ進むためのヒントになります。ぜひ参考にしてください。

ムコ多糖症II型と診断された兄弟の現状

ムコ多糖症II型と診断された兄弟の現状

ムコ多糖症II型と診断された兄弟は現在、進行していく病状と向き合いながら、家族の愛情に包まれて毎日を懸命に生きています。平均寿命16歳という厳しい宣告は、家族にとって計り知れない衝撃でした。しかし、彼らは限られた時間の中で、かけがえのない瞬間を一つひとつ大切に積み重ねているのが現状です。

なぜなら、ムコ多糖症II型は体内の酵素が不足することで、身体の様々な機能が少しずつ損なわれていく進行性の難病だからでしょう。昨日までできていたことが今日には難しくなるという現実は、本人たちだけでなく、支える家族にとっても大きな精神的負担となります。成長とともに症状が重くなるという特性が、日々の生活に暗い影を落とすこともあるのです。

具体的には、以前は元気に走り回っていた長男も、今では関節の拘縮が進み、車椅子での生活が中心になりました。弟も週に数回の酵素補充療法やリハビリテーションが欠かせません。それでも、兄弟は共に好きなアニメのDVDを見たり、お気に入りの絵本を読んだりする時間を心から楽しんでいます。その笑顔こそが、家族にとって何よりの希望なのです。

生まれてからの成長と3歳頃の変化

生まれたばかりの長男は3,000gに満たない小さな体でしたが、大きな産声をあげて元気に誕生しました。乳幼児期はよく飲みよく眠り、大きな病気もせずすくすくと育ってくれたのです。しかし、3歳を迎える頃から、些細ながらも見過ごせない変化が表れ始めました。

風邪をひくたびに中耳炎を繰り返し、夜の大きないびきは日に日に増していきます。言葉の発達も同年代の子に比べてゆっくりで、お腹がぽっこりと張っているようにも感じられました。さらに関節が硬いのか、走り方が少しぎこちない点も気掛かりだったのです。

当初は「男の子だから成長が遅いのかな」と楽観視していましたが、3歳児健診で複数の点を指摘され、私たちは大学病院の扉を叩くことになりました。この小さなサインが、後に診断されるムコ多糖症Ⅱ型という難病の始まりになるとは、当時は知る由もありません。

医師に指摘されたムコ多糖症の可能性

長男が3歳の頃、繰り返す中耳炎や発達の遅れが気になり、かかりつけ医の紹介で大学病院を受診しました。そこで小児科の専門医から指摘されたのが、ムコ多糖症II型(ハンター症候群)という病気の可能性でした。

これは体内の特定の酵素が生まれつき不足し、分解できないムコ多糖が全身に蓄積することで様々な症状を引き起こす指定難病の一つとなります。医師は、特徴的な顔つきや関節の硬さといった身体所見から疑いを持ったようでした。

平均寿命が16歳という情報もその場で告げられ、頭が真っ白になったのを覚えています。確定診断のためには尿検査や血液検査、遺伝子検査が必要になるとのこと。そして、同じ特徴が見られた二男も一緒に精密検査を受ける流れになったのです。

骨髄移植による進行の遅延とその効果

骨髄移植による進行の遅延とその効果

ムコ多糖症II型の進行を遅らせるための治療法として、骨髄移植は大きな希望となり得ます。この治療は、病気を根本的に治すものではありませんが、特に症状が中枢神経に及ぶ前に実施することで、その後の人生の質を大きく向上させる可能性を秘めているのです。

お子さんの未来のために、どのような選択肢があるのか知りたいと願うご家族にとって、非常に重要な治療法の一つでしょう。骨髄移植が有効な理由は、健康なドナーから提供された造血幹細胞が、患者さんの体内で不足している酵素を作り出してくれるからです。

ムコ多糖症II型は、「イズロン酸-2-スルファターゼ」という特定の酵素が欠けているために、分解されないムコ多糖が全身の細胞に蓄積してしまう病気でした。移植によってこの酵素が全身に供給されるようになり、ムコ多糖の蓄積を抑制し、病気の進行を緩やかにすることが期待されます。

具体的には、骨髄移植を早期に受けた場合、知的発達の遅れを緩やかにしたり、関節の硬化を防いだりする効果が医学的に報告されています。例えば、重度の症状が現れる前に移植を行うことで、心臓や呼吸器系への負担を軽減し、合併症のリスクを低減させることにも繋がるのです。

もちろん、拒絶反応や感染症のリスクもあり、白血球の型(HLA)が適合するドナーを見つける必要もあるため、ご家族と医療チームとの綿密な連携が不可欠な治療法といえます。

二男の骨髄移植体験と経過

二男は生後8ヶ月でムコ多糖症II型と診断され、根本治療を目指して骨髄移植の道を選びました。幸運にもHLAが一致するドナーが国内で見つかり、生後11ヶ月だった2012年8月に兵庫医科大学病院でさい帯血移植を受けることになったのです。

移植前には、体内の細胞を入れ替えるため強力な抗がん剤治療が行われ、小さな体には大きな負担がかかりました。移植後、拒絶反応の一種である重い皮膚GVHD(移植片対宿主病)を発症し、一時は危険な状態に陥ることもあったのです。

しかし、懸命な治療の末にこれを乗り越え、病気の進行を止めることに成功。不足していた酵素の数値は正常化し、知的な発達の遅れも緩やかになるなど、移植は彼の未来を大きく変える転機となりました。現在も定期的な診察は続いていますが、元気に毎日を過ごせています。

治療による家族への影響

ムコ多糖症II型の治療は、週1回の点滴による酵素補充療法が基本となり、家族の生活に大きな変化をもたらします。点滴は数時間に及ぶため、保護者は付き添いで仕事を休まざるを得ず、収入減に直結するケースは少なくありません。

医療費は指定難病の助成制度により、自己負担上限額は所得に応じて月額2,500円から37,200円程度に抑えられるでしょう。しかし、病院までの交通費や入院雑費といった、助成対象外の経済的負担が重くのしかかるのです。

特に兄弟2人が同時に治療を受ける場合、親の身体的・精神的な疲弊は計り知れないものがあります。また、親が病児のケアに時間を取られることで、他の兄弟が寂しさを抱える「きょうだい児」の問題も、多くの家庭が直面する深刻な課題の一つでした。

イギリスでの経験と日本への帰国後のギャップ

イギリスでの経験と日本への帰国後のギャップ

イギリスで受けた先進的な治療と温かい支援体制は、私たち家族にとって大きな希望でした。しかし、日本に帰国して直面したのは、治療環境や社会の理解における厳しい現実です。同じ病気と闘う子どもたちのために、国によってこれほど環境が違うという事実は、大きな衝撃と言えるでしょう。

このギャップが生まれる背景には、難病に対する国の姿勢や国民の意識の違いがあったと感じます。イギリスでは、ムコ多糖症のような希少疾患であっても、患者と家族を社会全体で支えようという仕組みが根付いていました。一方、当時の日本では新しい治療法へのアクセスや、日常的なサポート体制がまだ追いついていない状況だったのです。

例えば、イギリスでは専門の看護師が定期的に家庭を訪問し、酵素補充療法を行う制度が整っていました。学校でも専門の支援員が付き添うのが当たり前の光景。ところが日本では、新薬の承認を待つ長い期間や煩雑な行政手続き、そして周囲からの奇異の目に、何度も心が折れそうになりました。

イギリスで感じた社会の温かさ

ムコ多糖症II型の息子たちを連れての渡英は、大きな不安を伴うものでした。しかし、イギリスで目の当たりにしたのは、社会全体に深く根付いた温かさだったのです。ロンドン名物のタクシー「ブラックキャブ」は、折りたたまずに車椅子のまま乗車できる設計で、移動の負担を大きく軽減してくれました。

また、赤い2階建てバスに乗る際は、運転手さんが当たり前のようにスロープを出し、他の乗客は誰一人急かすことなく待ってくれます。同情の視線ではなく、ごく自然な行動としてサポートが根付いている文化に、私たちは何度も心を打たれました。

障害があることを特別視せず、社会の一員として尊重する空気がそこには確かに存在します。この経験は、厳しい現実と向き合う私たち家族にとって、何物にも代えがたい精神的な支えとなったのです。

帰国後の文化的な違いとその影響

アメリカでの約5年間にわたる生活から日本へ帰国した際、私たち家族は文化の大きな壁に直面しました。平均寿命16歳という厳しい現実を突きつけられたムコ多糖症II型の息子たちにとって、その環境変化は特に大きな影響をもたらしたのです。

例えば、アメリカでは当たり前だったインクルーシブな教育環境や、障がいを個性として受け入れるオープンな雰囲気が、日本ではまだ十分とは言えませんでした。周囲からの遠慮がちな視線や、福祉サービスを受けるための複雑な行政手続きに戸惑い、一時は社会から孤立するような感覚に陥ったことを覚えています。

しかし、困難ばかりではありません。日本の訪問看護ステーションによる手厚いケアや、学校の先生方が息子たちのために粘り強く環境を整えてくれたことなど、日本ならではのきめ細やかな支援に救われる場面も数多くありました。

家族が学んだことと未来への展望

家族が学んだことと未来への展望

ムコ多糖症II型という難病と向き合う中で、私たち家族が学んだ最も大切なことは、「今、この瞬間を全力で生きる」ことの尊さでした。未来に対する不安が完全に消えることはありませんが、息子たちと過ごす一日一日が、何にも代えがたい宝物なのだと心から実感しています。

なぜなら、平均寿命16歳という宣告は、私たちに時間の有限性を痛烈に突きつけたからです。しかし、その厳しい現実があるからこそ、これまで当たり前だと感じていた日常の些細な出来事が、かけがえのない輝きを放つようになりました。

息子たちの純粋な笑顔に触れるたび、私たちは絶望ではなく、明日への希望と生きる勇気をもらっているのです。具体的には、長男と一緒にリハビリを頑張る時間や、二男が覚えたての言葉で一生懸命話しかけてくれる瞬間など、すべてが特別な思い出として心に刻まれていきます。

以前は気に留めなかった季節の移ろいや道端に咲く花でさえ、息子たちと共に感じることで新たな感動が生まれることを知りました。こうした日々の小さな喜びの積み重ねこそが、私たちの未来を支える大きな力になると信じています。

子どもたちから学んだ教訓

平均寿命16歳とされるムコ多糖症II型の診断は、私たち親から未来への希望を奪うかのような絶望をもたらしました。しかし、当の長男と二男は、そんな絶望の中にいる私たちにこそ、人生で最も大切な教訓を教えてくれたのです。

息子たちは、病気と共にある毎日を嘆くのではなく、目の前の楽しみを全力で味わっていました。その姿は、先の見えない不安に囚われるのではなく「今を生きること」の輝きを、何よりも強く示してくれたように思います。

彼らが発する一言、見せてくれる笑顔の一つが、当たり前の日常こそ奇跡の連続なのだと気づかせてくれたのです。二人は短い生涯を懸命に生き抜くことで、私たちに人として最も尊い愛情の形と生きる意味を身をもって示してくれた、かけがえのない師となりました。

支え合える社会を目指して

長男に続き二男までもがムコ多糖症II型、いわゆるハンター症候群だと告げられ、平均寿命は16歳という非情な宣告を受けました。しかし、絶望の中にいた私たち家族を救ってくれたのは、同じ境遇にある方々との繋がりでした。

国内に約150人とされる患者やその家族は、NPO法人「ムコ多糖症支援ネットワーク」などを通じて固く結ばれています。治療薬の研究開発が進むことを願いながら、私たちは社会の理解を深めるための活動も続けているのです。

この病気は国の指定難病39に定められ公的支援はありますが、周囲の無理解に傷つくことも少なくありません。難病と共に生きる子どもたちが、学校や地域で当たり前に受け入れられ、笑顔で過ごせる社会。それこそが、私たちが目指す真に支え合える社会の姿です。息子たちの命の輝きを未来に繋ぐため、皆様の温かいご理解を切に願っています。

ムコ多糖症に関するよくある質問

ムコ多糖症に関するよくある質問

ムコ多糖症と診断された際、多くの方が抱く疑問や不安について、Q&A形式でお答えしていきます。病気のことがよくわからず、情報収集に奔走されている方もいるでしょう。このセクションが、あなたの知りたい情報を見つける手助けになれば幸いです。

「ムコ多糖症」という聞き慣れない病名を前に、治療法はあるのか、遺伝はするのか、日常生活で気をつけるべきことは何かなど、次々と疑問が湧いてくるのは当然のことでした。特にご家族にとっては、お子さんの将来に対する不安が尽きないものでしょう。

具体的には、「酵素補充療法とはどのような治療ですか?」や「国の指定難病として受けられる公的な支援制度について知りたい」といった質問がよく寄せられます。ほかにも、兄弟姉妹への遺伝の可能性や、学校生活で必要となる配慮など、生活に密着した疑問も少なくありません。

ムコ多糖症II型の特徴とは

ムコ多糖症II型は、ハンター症候群とも呼ばれるライソゾーム病の一種で、厚生労働省の指定難病52に定められています。体内のムコ多糖(グリコサミノグリカン)を分解する酵素「イズロン酸-2-スルファターゼ」が先天的に欠損、または働きが弱いために発症する遺伝性疾患です。

原因はIDS遺伝子の変異であり、伴性劣性遺伝形式をとることから、患者のほとんどは男性という特徴を持っています。症状は全身に及び、特徴的な顔つき(ガーゴイリズム)、関節のこわばり、中耳炎の反復、難聴、肝臓や脾臓の腫大など多岐にわたるでしょう。

病状は進行性であり、知的な発達に影響を及ぼす重症型と、知的発達が正常に保たれる軽症型に大別され、中間型も存在します。特に重症型の場合、平均寿命は10代半ば、約16歳と報告されており、呼吸器や心臓の合併症が生命予後に大きく関わってくるのです。

治療法とその効果について

ムコ多糖症II型の治療は、不足している酵素を体外から補う「酵素補充療法(ERT)」が標準的な選択肢です。具体的には、「イズロン酸-2-スルファターゼ」という酵素製剤(商品名:エラプレース)を週1回点滴で投与し、生涯にわたり治療を継続します。

この治療法は、肝臓や脾臓の腫れ、関節の硬直といった全身症状の進行を抑制する効果が期待できるでしょう。しかし、従来の薬剤は血液脳関門を通過できないため、知的退行など中枢神経の症状に対する効果は限定的という課題がありました。

この点を克服すべく、脳へ直接薬剤を届ける新しい治療薬(商品名:イズカーゴ)が2021年に日本で承認され、治療の選択肢が広がったのです。その他、ドナーから細胞移植を行う造血幹細胞移植も選択肢の一つとなります。こうした治療の進歩により、早期診断と治療開始で生命予後は着実に改善しています。

まとめ:難病と向き合う家族が掴んだ希望の光

まとめ:難病と向き合う家族が掴んだ希望の光

今回は、お子さんの難病と向き合い、情報を探している方に向けて、

  •  ムコ多糖症II型という病気の実態
  •  難病と闘うご家族の歩み
  • ご家族が見つけ出した希望の形

上記について、解説してきました。

この記事でご紹介したご家族は、過酷な現実の中で「今この瞬間を大切に生きる」という結論にたどり着きました。それは、日々のささやかな成長や笑顔こそが、何にも代えがたい希望の光だと気づいたからでしょう。先の見えない不安に、心が押しつぶされそうになることもあるかもしれません。

しかし、彼らのように、今できることに目を向けてみませんか。ご家族で笑い合った時間、お子さんが見せた小さな成長、それらの一つひとつが未来を照らす力になるはずです。これまで病気について調べ、お子さんのために奔走してきた時間は、決して無駄ではありませんでした。

その一つひとつの行動が、ご家族の絆をより一層強いものにしているのです。未来は誰にも予測できません。だからこそ、希望を持って一日一日を積み重ねていくことが、明るい明日へとつながっていくのではないでしょうか。もし一人で抱え込んでいるのなら、同じ境遇の家族と繋がってみるのも一つの方法です。

あなたがたご家族が支え合い、希望の光を見つけられることを心から応援しています。
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